学長メッセージ
2021年度 卒業式式辞
卒業生の皆さん、ご卒業おめでとうございます。大学院修了生の皆さん、修了おめでとうございます。学長として心からお祝いを申し上げます。新型コロナウイルス感染症が依然蔓延しているため、本日ご臨席をいただくことは叶いませんでしたが、保護者の皆様もさぞお喜びのことと存じます。ご子息・ご息女の晴れのご卒業・修了を心からお祝い申し上げます。
本日卒業なさるのは、理学療法学科118名、作業療法学科40名、言語聴覚学科37名、義肢装具自立支援学科35名、臨床技術学科86名、視機能科学科45名、救急救命学科52名、健康栄養学科41名、健康スポーツ学科200名、看護学科105名、社会福祉学科130名、医療情報管理学科87名に、今回初めての卒業生となる診療放射線学科74名、の計1,050名、大学院を修了なさるのは修士課程47名、博士後期課程10名の計57名の皆さんです。
本日ご臨席の、あるいはオンラインで参加いただいている本学教職員の皆様にも、学長として心から御礼を申し上げます。本学は「面倒見のよい大学」であると標榜していますが、文字通り熱心にご指導いただき、誠に有難うございます。
世界は新型コロナウイルスのパンデミックから3年目を迎えています。パンデミックの世界では今、他者を利する「利他」、あるいは「利他主義」という言葉が注目されています。利他主義とは、オーギュスト・コントが利己主義に対峙する概念として19世紀半ばに定義した言葉ですが、他者を意味するフランス語に由来するaltruismを、わが国ではもともと仏教用語である「利他主義」と訳しているのです。「優れたQOLサポーターの育成」を建学の精神に掲げる本学において、利他は特に大切な概念です。
パンデミックの下で、マスクをつけたり、社会的距離を保ったりするのは何のためでしょうか。自らが感染しないように、自らを守るという目的は当然ですが、もう一つ忘れてならないのは、他者に出来る限りうつさない、感染させないという目的です。欧米で「自分にはマスクをつけない権利がある」と声高に主張する人たちに、この目的は理解されているでしょうか。パンデミックでもマスクをつけない人たちにも、利他主義を本能的に嫌う人たちにも、コロナの流行下では利他的な行動を求める必要があります。利他的な行動に賛同が得られない場合には、欧米では法令を定めて、義務付けることになります。
フランスのジャック・アタリは、利他主義は究極の利己主義であるとして、合理的利他主義を唱え、わが国にも広く紹介されています。また、米国のピーター・シンガーは、利他の効果の数値化とその最大化に徹する効果的利他主義を主張し、米国の若者から支持を集めています。欧米では、利他主義にも合理的とか、効果的という注釈を付け加えなければ、利他主義が受け入れられないという背景があるのでしょう。わが国にも「情けは人の為ならず」という諺があります。「いずれは自分にとっても良いことが返ってくるのだから」と説明するところは似ていますが、利他とは他者に情けをかけることではありません。
わが国では、東日本大震災を始めとする大規模な自然災害に繰り返し見舞われる度に、自然発生的な助け合い、互助・共助の行動が生まれました。「回り回っていずれ自分にとって得になる」という見返りを求めない、純粋に他者を気遣う行動であり、その背景には他者への共感があります。共感が及ばないところには利他も届かないという批判もありますが、利他の本質は、他者を気遣う力、他者を慮る力なのです。
利他はもともと仏教の用語と言いましたが、天台宗には「忘己利他」という教えがあります。己を忘れて、他を利するということですから、「他を利するために、まず己を差し置いて」という自己犠牲が求められているとも言えます。しかし、大災害の時の自然発生的な助け合いを思えば、利他的な行動の根拠として、ことさら自己犠牲を強調する必要はありません。他者のことを気遣い、他者を慮って行動すれば、利他なのだと思います。
地域のクライアントのQOLを支えるために、他者を気遣って働くことは、目的とはしていなくとも自分にとって喜びになり、自己実現を果たすことに繋がります。本学の教育の到達目標として取り上げられている「5つのSTEPS」の最後のSはself-realizationのSで、自己実現を成し遂げる力です。他者を気遣いながら「優れたQOLサポーター」として働くことが、皆さんの自己実現に繋がることを目指しているのです。
本学の多くの卒業生は、これからさまざまな分野で、クライアントのQOLを支える専門職として、他の分野の専門職と協働して活動することになります。昨年度の卒業式式辞では、そのためには言葉が大切であり、国語の語彙力を高める必要があるというお話をしました。国語の力が大切であることに変わりはありませんが、利他主義の本質として「優れたQOLサポーター」に求められる「他者を気遣う能力」を、皆さんにはこれからも磨いていただきたいと願っています。
本学の卒業生には、多職種の専門職を理解し、互いに協力し合える力を身につけられるように、本学は創立以来、学科の枠を超えた連携教育を重視したカリキュラムを用いています。これから皆さんが「優れたQOLサポーター」として活躍できるように、われわれ教職員は皆さんをサポートしてきました。今度はあなたたちが種を撒く番です。次の世代のために、新たな種を撒き続けてください。そのためにも、この不安定な時代に実社会に漕ぎだす皆さんの前途が輝かしいものとなるためにも、本学は卒業後の皆さんへのサポートを惜しみません。皆さんのご活躍を心からお祈りしています。
最後に私から皆さんに「はなむけの言葉」を送り、卒業式・修了式の学長式辞とします。
「明日この世がなくなってしまうとしても、僕は今日もリンゴの木を植える」
2022年3月17日 新潟医療福祉大学学長 西澤正豊