心臓や腹部大血管の手術を行う場合には、一時的に心臓の拍動を止めたり、血液の流れを止めたりすることが必要となります。なぜなら、心臓が拍動したまま細かな手術をすることは難しく、また血液が循環した状態で心臓や血管を切ってしまうと血液が溢れ出て体内を循環することができなくなってしまうためです。
そこで、心臓や腹部大血管の手術では、血液循環を維持するための「体外循環」を行うことが必要で、それに用いられる機械が「人工心肺装置」です。
人工心肺装置は、まず全身から心臓に戻ってきた酸素の少ない血液(静脈血)を、心臓の入り口のところからチューブを用いて人工心肺装置に取り込みます。そして、その血液に人工肺で酸素を与え、ろ過によって不純物を取り除ききれいな血液(動脈血)にした後、チューブを用いて心臓の出口からきれいな血液(動脈血)を全身に送ります。
このように、人工心肺装置は、心臓や腹部大血管の手術には欠かせない、大変重要な仕事をする生命維持装置ですが、高度な知識と技術を必要とする人工心肺装置の操作は、訓練された専門の臨床工学技士が担当します。
国内の体外循環法は年間約4万症例といわれていますが、体外循環は人工的に血液を送り出す非生理的な行為になりますので、体外循環中に血流維持ができなくなり、腎臓の障害(尿細管・糸球体障害)を起こし、急性腎不全を発症するケースも確認されています。特に、腹部大動脈瘤に対する人工血管置換術では、腎臓への血流量が低下する腎虚血が起こりやすいとされています。
そこで、今よりも安全かつ有効な体外循環を行うためには、体外循環の病態生理についてさらなる研究を行い、解明していく必要があります。
はじめに、体外循環を評価するため、動物を用いた評価系の確立を行いました。大動物を用いた実験は、倫理的かつ経済的な理由から非常に難しいため、小動物を用いた体外循環モデルについて検討した結果、血圧や体温、心拍数などの血行動態が安定した小動物体外循環モデルを確立することができました。
このモデルを用いて様々な評価を行うことで、体外循環中の生体反応およびデバイス(医療機器)の開発研究が可能となりました。
現在、開発した小動物体外循環モデルを用いて、体外循環の病態生理に関する研究を進めています。
そのひとつとして、体外循環により虚血状態(腎臓全体に血液が十分いきわたっていない状態)になった時間と腎障害の重症度との関係性について研究を行っています。
研究の結果、腎動脈をクランプ(遮断)して虚血させると尿細管細胞の細胞融解が起こり始め、虚血時間がさらに長くなると尿細管細胞は基底膜から剥離し脱落を始めることが分かりました。
今後は、より長時間におよぶ腎虚血障害や腎虚血再灌流モデルとの比較、体温と腎障害との関係などについて研究を行っていく予定です。
これらの研究が進むことによって、より安全かつ有効な体外循環法の開発が可能になるかもしれません。
【研究者紹介】
新潟医療福祉大学 医療技術学部 臨床技術学科
講師 藤井 豊
体外循環中の生体反応メカニズムの解明および体外循環関連デバイスの開発に向けた研究を行っています。