2022.09.29
私たちの研究グループでは、10分間の仮想現実環境 (Virtual Reality: VR) 下で行う運動が快感情を誘発し、身体活動を促進する新たな運動プログラムとしてVRの活用の有用性を示唆しました。本研究からは認知機能向上効果は確認できませんでしたが、快気分に関わるドーパミン神経系が認知機能を司る前頭前野に投射していることから、今後の研究の発展によりVRエクササイズのさらなる価値が見出されることが期待されます。
習慣的な身体活動には、生活習慣病予防や肥満の防止だけでなく、注意・集中、選択判断能力といった前頭前野の司る高次認知機能 (実行機能) を向上させるなど、健康に対する様々な効果が知られています。そのため、我が国においても身体活動促進による健康増進策がとられてきました。しかし、運動実施率は横ばいが続き、世界的に身体不活動化が社会問題となっています。さらに、世界的なCOVID-19の流行により、人々は感染の拡大を防ぐために社会的に分散し、自己隔離を余儀なくされており、その結果、身体的不活動を経験する個人の割合はより高くなっています。
この解決策として、仮想現実環境 (VR) を利用したエクササイズゲームが注目されており、「退屈」「疲れる」といった運動のネガティブなイメージから注意をそらし、「楽しい」といった運動好意度を高めるなど心理的な効果が示されています。適度な運動は認知機能にも好影響を与えることから (Yanagisawaら、2010; Byunら、2014; Suwabeら。2018)、VRエクササイズは気分のみならず実行機能も向上させる可能性がありますが、VRエクササイズが実行機能に与える影響は不明なままでした。
本研究の対象者は若齢健常成人12人(18~24歳; 男性6名、女性6名)で、1) ヘッドマウントディスプレイを装着し、VR環境で運動を行うVR運動条件、2) VR運動条件と同じ映像をフラットモニターに表示させて同様の運動を行う2D運動条件、3) 椅子に座って安静にさせる安静条件、の3つ実験条件に参加しました (図1)。
参加者は10分間の中強度ボクシング運動ゲーム (FitXR、 FITAR LIMITED) か安静の前後に実行機能課題であるカラーワードストループ課題 (図2) と気分尺度の測定を行いました。カラーワードストループ課題は中立試行、一致試行、不一致試行の3つの難易度で構成され、反応時間とエラー率を計測しました。不一致課題と中立課題の反応時間の差をストループ干渉と呼び、実行機能の指標として解析しました。
実験の結果、VR運動条件において、吐き気やめまいといった酔いの症状 (VR酔い) が出た対象者は1人もいませんでした。VR運動条件では、気分プロフィール検査 (Profile of Mood States 2nd Edition; POMS2) の「活気-活力」(図3A)、二次元気分尺度 (TDMS) の「覚醒度」(図3B)、「活性度」(図3C)の向上が認められ、VR運動条件は気分の改善効果を有することが明らかとなりました。実行機能の指標であるストループ干渉は条件間で差が認められず、VR運動条件での実行機能向上効果は見られませんでした。さらに、運動前後のストループ干渉の変化と「覚醒度」の変化の間に有意な正の相関関係が認められました。覚醒度の増加は脳機能を高める一方で、過剰な覚醒度の増加は逆に脳機能を低下させる逆U字仮説が示唆されており、VRコンテンツによっては運動中に過剰に注意求められ、結果的に実行機能向上効果が減弱した可能性が示唆されました。
本研究により、VRと運動を組み合わせたVRエクササイズは快気分を誘発することが明らかとなりました。この成果は、運動好意度を高める新たな運動プログラムとして、身体活動習慣促進に貢献することが期待されます。一方で、本研究ではVRエクササイズが実行機能向上効果を有するかは明らかにできませんでしたが、今後、実行機能と気分をともに高めるVRと運動の条件を明らかにすることで、VRエクササイズのさらなる価値を示すとともに、安全かつ効果的に身体活動を促進する新たな運動・スポーツプログラム (VRエクササイズプログラム) の提案が期待されます。
図1.実験プロトコル
図2.カラーワードストループ課題
ストループ課題はパソコンの画面上段の単語の色が下段の色名単語の意味と一致しているかどうかを判断する課題です。中立試行、一致試行、不一致試行の順で難易度が増します。不一致試行のように「単語の意味と色が異なる色名単語」を選択するために葛藤が生じますが、これはストループ干渉と呼ばれます。このストループ干渉を処理する能力は、不一致試行と中立試行の成績の差から求められ、実行機能の指標として評価されます。
図3.VR運動が気分指標に与える効果
図4.カラーワードストループ課題成績
難しい試行と簡単な試行の反応時間の差であるストループ干渉は実行機能の指標です。ストループ干渉が短くなると、実行機能が向上したと言えます。ストループ干渉は安静条件、2D運動条件、VR運動条件すべてにおいて、運動前後で変化は見られず、実行機能向上効果は確認されませんでした。
図5.ストループ干渉と覚醒度の関係
VR運動条件において、運動前後の覚醒度の変化量とストループ干渉の変化量の間に有意な正の相関関係が認められました。運動による覚醒度が高いと、反応時間が遅くなる傾向を示しており、VR運動による過剰な覚醒度増加が実行機能向上効果を阻害している可能性を示唆しています。
【題目】
The Effects of Acute Virtual Reality Exergaming on Mood and Executive Function: Exploratory Crossover Trial
(VRエクササイズが気分と認知機能に与える影響:探索的クロスオーバー試験)
Genta Ochi, Ryuta Kuwamizu, Tomomi Fujimoto, Koyuki Ikarashi, Koya Yamashiro, Daisuke Sato
JMIR Serious Games
http://dx.doi.org/10.2196/38200
越智 元太(おち げんた)
新潟医療福祉大学 健康科学部 健康スポーツ学科 講師
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