月経周期によって、運動学習能力が変わる!? - 新潟医療福祉大学 研究力

新潟医療福祉大学 研究力

2020.11.04

研究者 五十嵐 小雪

月経周期によって、運動学習能力が変わる!?

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本学は、令和2年度スポーツ庁委託事業「女性アスリートの育成・支援プロジェクト(女性アスリートの戦略的強化に向けた調査研究)」に選定され(http://www.nuhw.ac.jp/topics/public/detail/insertNumber/2913/)、女性アスリートの活躍に向けた支援や、ジュニア層を含む女性アスリートが健康でハイパフォーマンススポーツを継続できる環境を整備することを目的として研究を進めています。(選定テーマ:「月経周期におけるコンディション不良に対する運動器機能と中枢神経機能からアプローチする新たなトレーニング法・傷害予防法の開発」)

五十嵐小雪さん(大学院健康スポーツ学分野2年)佐藤大輔教授(健康スポーツ学科)らの研究グループでは、「月経を女性の味方にする」ことをテーマに、研究を進めてきました。今回の実験では、運動を繰り返し行うことで習得する技能のレベル(運動学習能力)が、月経周期の一つである黄体期に低下したことから、女性が運動技能を習得するには、「学習(練習)するタイミング」が重要であることが分かりました。

研究成果のポイント

  1. 月経周期によって運動パフォーマンスが変化する原因について、体力面や心理面から調べられてきましたが、技能面への影響は不明でした。
  2. 運動技能に着目して研究を行ったところ、黄体期に運動学習能力が低下することが分かり、パフォーマンスを低下させる要因の一つである可能性を示すことができました。
  3. 女性は「運動技能を学習(練習)するタイミング」が重要であり、月経周期が女性の能力を最大限に引き出すための鍵となるかもしれません。

研究の背景

女性の月経周期は、脳からの指令を受けて、卵巣から分泌される女性ホルモン(エストロゲンとプロゲステロン)の変動によって調節されています。この現象は、女性特有であり、生殖機能として重要な役割を担っています。その一方、約1か月の間に、腹痛や体重増加、肌荒れ、イライラなど心身の不調を繰り返します。この不快な症状は、月経前や月経中に現れ(月経前症候群:PMS,月経困難症)、9割の女性が少なくとも1つの症状を自覚しています。PMSや月経困難症は、勉強や仕事、スポーツ活動にまで影響を及ぼし、自身が持つ能力を十分に発揮できないことに頭を悩ませている女性は少なくありません。

スポーツ活動に目を向けると、スポーツに励む多くの女性が、月経前や月経中に身体の状態が良くないと感じており、常に高いパフォーマンスを維持することができていません。このことに対して、これまでは、体力面や心理面の変化に注目が集まっていました.しかし、私たちのパフォーマンスには"心技体"が重要であるため、技能面についても調べる必要があると考えました。運動技能は、繰り返し学習することで身に付けることができます。普段、何気なく行っている箸を使う、自転車に乗るなどの様々な技能は、小さい頃に何度も練習した結果、身に付いたものです。つまり、運動学習能力が、高いパフォーマンスには欠かせません。

これまで、月経周期が人の運動学習能力に、どのように影響するかは分かっていませんでした。そのため、スポーツ現場では、「練習しても覚えられない」、「一度できたことが急にできなくなる」、といった悩みを持つ女性や、「なぜ、できないのか」と対象者を責める指導者もおり、「月経はない方がいい」と誤った考えを持つ人さえいます。もし、月経周期によって運動学習能力が変化することが分かれば、練習に対する不安や悩みを解決でき、女性を対象とした適切な指導を実現できると考えました。

そこで、私たちの研究グループでは、運動学習能力が月経周期によってどのように変化するかを調べました。また、運動学習に重要な領域である一次運動野の活動やPMSが、運動学習能力にどのような影響を与えるかを調べ、運動学習能力が変化する要因を検討しました。

研究内容と成果

 本研究では、女性対象者の月経周期を把握し、卵胞期群・排卵期群・黄体期群の3群に分けて実験を行いました.各対象者は、決められた月経周期に、視覚追従課題(図1)の学習を実施し、その上達の程度から運動学習能力を評価しました。また、同様の学習を翌日および1週間後に行いました。

視覚追従課題は、親指と人差し指のつまむ力を調節する課題です.専用の器具を2つの指でつまむと、モニター画面上に赤い線が現れます。その線を、モニター画面の左から右へ波打って移動する黒いターゲット線に合わせるように力を調節します。赤い線が、黒い線とどの程度ズレているかで運動技能を評価しました。一次運動野の活動については、頭皮上に電極を貼付することで脳活動を計測できる脳波計を用いて記録しました(図2)。

 その結果、黄体期に学習した人は、排卵期に学習した人に比べて、運動学習能力が低いことが分かりました(図3a)。翌日と1週間後に同様の学習を行った場合でも、黄体期に学習した人でズレが大きく、運動学習能力が低いことが分かりました(図3b)。このことから、月経周期によって運動学習能力が変わることが分かりました。つまり、高いパフォーマンスを獲得するには、運動学習を開始するタイミングが重要であると言えます。

また、黄体期に学習した人は、安静状態での一次運動野の活動が異常に活動していることが分かり(図3c)、このことが、運動学習能力を低下させる要因である可能性が考えられます。さらに、PMSの症状が大きい人ほど、運動学習能力が低いという関係が見られたことから(図3d)、PMSも運動学習能力に影響することが分かりました。

これらの結果から、「月経周期によって運動学習能力が変化する」、特に、黄体期に運動学習を開始すると、一次運動野が過剰に活動していることやPMSの症状によって運動学習能力が低下することが明らかとなりました.本研究結果の概要を図4に示しました.

今後の展開

 本研究では、黄体期に運動学習を開始すると、運動学習能力が低下することが明らかとなりました.この結果から、女性は、「運動技能を学習するタイミング」が、パフォーマンスを向上させるための鍵ではないかと考えています。どの競技でも、同じメニューや動作を繰り返し練習します。その結果、上手くなる人や記録が伸びる人もいれば、何度練習しても上手くできない人もいます。一生懸命に取り組んでいても上達しなければ、やる気を失い、スポーツ活動やリハビリテーションを諦めてしまう原因にもなります。今回の結果から、月経周期を考えた上で、運動学習を開始すれば、練習効率が高まり、一人一人の能力を最大限に発揮できる可能性があります。

 また、私たちは、運動技能を学習するために、様々な脳領域を活動させています。今回の研究では、脳の表面(大脳皮質)に位置する一次運動野という領域に焦点を当てて調べましたが、「なぜ、運動学習能力が月経周期によって変化するのか?」を完全に解明することはできませんでした。運動学習には、一次運動野のほかにも、脳の深部に位置する領域、特に大脳基底核が関与しています。大脳基底核は、大脳皮質と強く連絡を取り合う神経回路を持ち、運動学習能力において重要な役割を担っています。しかし、脳の深部にあるため、運動学習による変化を評価することは非常に難しいです。そこで今後は、皮質領域と大脳基底核を繋ぐ神経回路が、運動学習や月経周期によってどのように変化するかを評価できる手法を新たに確立し、運動学習能力が月経周期で変化する要因を追究していきたいと考えています。

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図1.視覚追従課題

専用器具(写真右上)を親指と人差し指でつまむと、赤い線が画面上に表示されます。赤い線は、力を入れると上に移動し、力を弱めると下に移動します。つまむ力を調節して、画面左から移動していく黒いターゲット線に赤い線を合わせていきます。合計で100回行い、黒い線と赤い線のズレを評価しました。

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図2.脳波の計測法

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図3.本研究の結果

a, b)黄体期に学習した人(青線)は、排卵期に学習した人(赤線)と比べて、運動学習能力が低いことが分かりました.1週間後に同様の課題を行っても、黄体期に学習した人は、運動学習能力が低いことが分かりました。

c)黄体期に学習した人は、安静状態での一次運動野の活動が、過剰に活動していました。

d)PMSと運動学習能力の関係性をみると、PMSの症状が大きい人ほど、運動学習能力が低下しました。

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図4.本研究結果の概要

掲載論文

【題目】 Menstrual Cycle Modulates Motor Learning and Memory Consolidation in Humans.

(月経周期は運動学習と記憶強化を変調する)

【著者名】 Koyuki Ikarashi, Daisuke Sato, Kaho Iguchi, Yasuhiro Baba, Koya Yamashiro.

【掲載雑誌】 Brain Sciences 2020;10(10):E696. doi: 10.3390/brainsci10100696..

URL: https://www.mdpi.com/2076-3425/10/10/696

【研究者紹介】
五十嵐 小雪(大学院健康スポーツ学分野2年)
佐藤 大輔(健康科学部 健康スポーツ学科 教授)