2020.07.05
脳卒中など、中枢神経系疾患では、運動障害や感覚障害などの後遺症が起こることが多い。そうした障害を改善したいという思いで、研究生活をスタートした大西秀明教授は、基礎研究の道を選択する。
「リハビリテーションの臨床現場や、スポーツのトレーニング現場などにおいて、運動機能・感覚機能を強化する方法を導入する際には、しっかりとした基礎研究を重ねて、エビデンス(根拠)を示すことが重要になります。安易に取り入れると、かえって機能を悪化させる危険性もあるのです。私は、運動を行った際、あるいは触覚刺激などを与えられた際の脳の活動を解析する基礎研究に取り組んでいます。人がスムーズな動作を遂行するために必要な脳の活動を解明することが目標です」。
大西教授が用いている研究手法は「脳機能イメージング手法」と呼ばれる。脳内の機能を、多様な機器で測定し、画像化する研究方法だ。主に用いているのは3つの機器だ。脳磁計は、人の脳活動をミリ秒単位でキャッチし、神経活動の場所を詳細に推定できる。ただし、脳深部は計測できない。それを補うのがMRI で、脳の構造の可視化にも優れている。TMS(経頭蓋磁気刺激)は、脳の運動野に刺激を与えることで、興奮しやすい状態かどうかを見ることができる。
「これらの機器を駆使して、『刺激によって脳のどの領域が活動するのか』『どのタイミングで活動するのか』『その活動を引き起こしている主な受容器は何か』『刺激を終えた後、興奮性・抑制性は変動するのか』などを意識して、実験を行っています」。
写真上 TMSを用いて実験する学生たち
実験によって、さまざまな興味深い成果が得られている。いくつか紹介しよう。〈資料1〉は、利き手でない左手で30秒間運動した後の脳の機能的MRI画像。1回目は脳の活動部位が広範囲にわたるが、回数を重ねるごとに活動部位が減っていることが分かる。スムーズに動かせるようになれば、脳の不要な部位は活動しなくなるわけだ。
「サッカーのネイマール選手のMRI画像を見たことがありますが、ボールを蹴っても、平均的な選手と比べて、脳のきわめて狭い範囲しか活動していませんでした。脳を働かせなくても、自然に運動できるようになることが理想であり、トレーニングに応用できると考えています」。
〈資料2〉は、指を他動的に動かしたとき(自分の意思ではなく、他から強制的に動かされたとき)の脳磁場の変動を示した図である。〈資料3〉は、他動運動を10分間繰り返した後、TMSを与え、興奮の度合いの変化を示したグラフである。他動運動の直後に刺激を与えると脳の運動野の興奮性が低下していることが分かる。
「いったん興奮性が下がると、脳は自然と興奮性を元に戻そうとします。その脳の性質を、トレーニングに応用できるかもしれません。つまり、興奮性を元に戻そうとしているときに、トレーニングをすれば、より効果が高まる可能性があり、今後も研究を続けていくつもりです」。
これまでの研究の中で、課題も浮上している。それは、反応に個人差が大きいことだ。「遺伝子の影響、神経ネットワーク、神経伝達物質の濃度のバランスなど、多様な要因が考えられます。逆にいえば、それらの要因を組み合わせて分析していけば、個々の脳の特徴が把握できるようになる可能性があります。一人ひとりに適したテーラーメイド型のリハビリ法の開発という夢も膨らんできます」。
<資料1>左手で30秒間運動した後の脳の機能的MRI画像
<資料2>指を他動的に動かした際の脳磁場の変動
<資料3>指を他動的に10分間繰り返して動かした後、TMSを与えた興奮の度合いの変化