9/3 勉強会(外来講師 松井崇 先生)

研究報告

担当;松井崇先生(日本学術振興会特別研究員SPD)

研究テーマ;長時間運動による脳グリコゲンの減少と超回復:新たな運動生理学的指標の開発を目指して

要旨

  • 目的;運動時の脳は骨格筋と同様に興奮する.脳グリコゲンは増加したエネルギー需要を満たす重要な基質であるとされるが,運動時の脳グリコゲン代謝はこれまで全く検討されてこなかった.脳グリコゲンは代謝が極めて早く,実験動物の屠殺後急速に枯渇してしまうため定量が困難だったからである.本研究では,その問題の解決策として脳グリコゲン定量のゴールデンスタンダードであるマイクロ波照射法を導入し,運動による脳グリコゲン動態について初めて検討した.
  • 方法と結果;まず,マイクロ波照射法を用いた運動時の正確な脳グリコゲン定量を確立し,その方法を用いると,長時間運動時の低血糖と比例して脳グリコゲン濃度が減少すること,その減少は脳内乳酸と負の相関を示すこと,更に,脳内のセロトニンおよびノルアドレナリン代謝はグリコゲン減少と負の相関を示すことが明らかとなった.加えて,長時間運動後の脳グリコゲンは筋および肝グリコゲンよりも素早く再合成され,元の水準よりも高いレベルにまで回復(超回復)すること,それは運動による減少率が大きい脳部位ほど大きく起こること,更に,運動終了の24時間後まで長引く超回復が観察された皮質と海馬のグリコゲンは,運動トレーニングにより安静時濃度を増加させることも確認した.
  • 結論;これら一連の新しい知見は,脳グリコゲンが長時間運動時に分解・利用され減少し,その後の超回復を基盤として,運動トレーニングによる代謝適応を起こすことを初めて示唆した.更に,長時間運動時の脳グリコゲン減少は中枢性疲労の新たな指標となる可能性も示したことから,脳グリコゲンを指標とした,中枢疲労を軽減するための運動・栄養処方の開発につながるかもしれない.

 

【関連論文】

  1. Matsui T, Soya S, Okamoto M, Ichitani Y, Kawanaka K and Soya H. Brain glycogen decreases during prolonged exercise. J Physiol 589, pp3383-3393, 2011 [Link]
  2. Matsui T, Ishikawa T, Ito H, Okamoto M, Inoue K, Lee M, Fujikawa T, Ichitani Y, Kawanaka K, and Soya H. Brain glycogen supercompensation following exhaustive exercise. J Physiol 590, pp607-616, 2012 “Most-Read Articles during February 2012 (3rd place)” [Link]
  3. Matsui T and Soya H. Brain glycogen decrease and central fatigue during prolonged exercise. Physiology News 87, pp19-22, 2012 [Link]

【報道】

  1. How Exercise Fuels The Brain. The New York Times, (Feb. 22. 2012) [Link1] [Link2] [Link3]
  2. 長時間運動:疲れ、脳の糖質減が原因 筑波大チーム、ラットで実証,毎日新聞,2011年4月29日朝刊
  3. グリコーゲン:脳で減少、疲労招く 筑波大、ラットで実証,毎日新聞,2011年4月28日夕刊