【研究報告】
担当:久保先生
タイトル:疼痛発症とその制御機構の解明に向けて
痛みは危険を認知させるために必要な情報であり、またそれ自体が通常生命を脅かすことがないため、医学的な研究があまり進んでこなかった。しかしながら、本来の目的を超えて持続する痛みはQOLを低下させ、生体に不利益をもたらす。この不利益を解消するためには、疼痛の発症機構と制御機構を解明することが重要である。今回の発表では、これまで行ってきた疼痛生理学研究のいくつかを紹介する。
運動・虚血などで組織が酸性化されると侵害的な機械刺激に対する感受性が増大する(機械感作)。この分子機構をあきらかにするために、ラット感覚神経の細胞体である後根神経節細胞を用いてパッチクランプ記録を行ったところ、機械刺激で生じる内向き電流は細胞外pHの低下依存的に増大し、酸性環境における機械感作は末梢神経自体で起こっていることが示された。さらに詳細な検討により、この末梢性の機械感作には細胞外マトリックスの構成分子が関与していることがあきらかとなった(Kubo, et al., J Phyiol., 2012)。
下垂体後葉ホルモンの一種であるオキシトシン(OXT)には中枢性の鎮痛作用があることが知られている。そこで神経障害性疼痛ラットモデルに対するOXTの末梢性鎮痛作用の機構を調べた。後根神経節細胞のパッチクランプ記録から、神経障害性モデルで上昇していた静止膜電位と神経の興奮性がOXT投与により神経障害のないラットと同レベルに回復した。詳細な検討の結果、OXTはバソプレシン受容体に作用し、神経障害により起こる電位依存性K+チャネルの機能不全を解消することで末梢性の鎮痛効果を示すことがあきらかとなった(Kubo, et al., Pain, 2017)。 近年では、新規に頭痛患者や顎関節症患者の臨床像に則した咀嚼筋痛モデルを作製した(Kubo, et al., Headache, 2022)。また、これまで行ってきたパッチクランプ法を応用し、細胞間結合を維持した状態で神経節細胞の神経活動を記録する神経節のスライスパッチクランプ法を開発した。現在は、本方法とアデノ随伴ウィルスベクターによる細胞選択的遺伝子導入法を組み合わせることで、神経節内のグリア細胞であるサテライトグリアと神経節細胞の機能連関の解析を行っている。