日本学術振興会ポスドク研究員(神奈川県立保健医療大学)の佐々木亮樹さん(理学療法学科11期生,大学院博士後期課程2018年度修了)と大西秀明教授(理学療法学科,運動機能医科学研究所)らの研究論文が「Cerebral Cortex」に採択されました!
研究内容の概要:
最近,皮質ネットワークを評価する手法の一つに「機能的結合性(FC)」というものがあります.FCとは,空間的に離れた脳領域で観測される脳信号間の統相関関係を示すものであり,脳波や脳磁図,機能的MRIなどで皮質活動を計測・解析することにより求めることができます.このFCは異なる皮質領域間の情報を統合するために重要であると考えられていますが,体性感覚機能と特定のFCとの関係は明らかではありませんでした.そこで,我々は42名の健常若年者を対象として,安静時の脳活動を306chの脳磁計で計測し,FCと体性感覚機能の一つである二点識別覚パフォーマンスとの関係性を詳細に解析しました.その結果,①二点識別覚と一次体性感覚野(S1)内の抑制機能とが関連していることと,②二点識別覚が優れている人ほどS1と後頭頂皮質とのFC(β帯域[15-29Hz])が強いという関係性を発見しました.すなわち,S1内の抑制機能と,安静時脳活動のFCが体性感覚機能のバイオマーカーの一つとなる可能性が示唆されました. 本研究成果は「Cerebral Cortex」に掲載予定です.
研究者からのコメント:
人が健康な生活を営む上で身体からの感覚情報(体性感覚)は極めて重要であり,脳卒中などによる「感覚鈍麻や異常感覚」は生活の質を著しく低下させます.しかし,体性感覚機能障害に対する効果的な治療法は確立されておらず治療に難渋することが多いのが現状です.さらに,体性感覚機能の客観的評価法は確立されておらず,対象者の主観に依存した評価のみに留まっています.そのため,我々の研究グループでは新たな知覚学習法の開発と,体性感覚機能を客観的に評価するためのバイオマーカーの探索に取り組んでいます.今回の研究は,体性感覚機能を反映するバイオマーカーの探索研究の一つになります. 脳卒中では,50-80%の高頻度で体性感覚障害が生じます.我々のシステマティックレビューにおいて,従来から利用されている脳の活動を変調するS1への非侵襲的脳刺激の体性感覚機能への効果は低いことを明らかにしました(Sasaki & Onishi. 2022).そこで我々は,本研究において特定された体性感覚処理に関わるネットワークに焦点をあて,そのネットワーク強化を狙った新たな“感覚リハビリテーション戦略”の開発につなげていきたいと考えています.
本研究成果のポイント:
①空間的な体性感覚処理を評価するため,二点識別覚を計測しました(図1左).脳磁図を用いて,安静時と正中神経刺激における脳磁場活動を計測しました(図1右).
図1. 空間的な体性感覚検査と脳磁図による大脳活動の測定.
②正中神経刺激に伴うS1の抑制活動と二点識別覚閾値が関連していることも明らかになりました(S1の抑制が低いと二点識別覚の成績が良い).(図2)
図2. 二連発正中神経刺激に伴うN20m成分の抑制と二点識別覚閾値との関連性.
略語:TPD, two-point discrimination.
③安静時のBeta帯域(15-29 Hz)のS1を基準としたネットワーク(15,000 vertices)と二点識別覚の間でクラスターを使用した相関分析を行いました.その結果,安静時のbeta帯域における,S1―上頭頂小葉,S1―下頭頂小葉,S1―上側頭回におけるネットワークの強さと二点識別覚閾値が関連していることが明らかになりました(ネットワーク強度が高いと二点識別覚の成績が良い).(図3)
図3. 安静時のS1-seed betaネットワークと二点識別覚閾値との関連性.A) 全大脳におけるS1-seed betaネットワークと二点識別覚閾値との関連性(黄色の箇所は有意な関連性がある脳領域を示している),B) 有意差を示した脳領域における二点識別覚閾値との関連性.略語:L_SPL, 左上頭頂小葉; L_IPL, 左下頭頂小葉; L_STG, 左上側頭回; TPD, two-point discrimination; rs-FC, resting-state functional connectivity.
原論文情報:
Sasaki R, Kojima S, Otsuru N, Yokota H, Saito K, Shirozu H, Onishi H. Beta resting-state functional connectivity predicts tactile spatial acuity. Cerebral Cortex [in press].