6/5 勉強会

【研究報告】

担当:中山先生

タイトル:Micro-spectrophotometry:顕微分光分析について

  • 目的:ヒト・ウイルソン病は,常染色体劣性遺伝形式をとる遺伝性の銅(Cu)代謝異常症である.日常生活において摂取されるCuが,正常に肝臓から胆汁中に排泄されず,肝臓・腎臓・角膜・脳に多量に蓄積し,重度の障害が惹起されている.本代謝異常症は,肝臓からCuを排泄するATP7Bと呼ばれるCu輸送タンパク質の遺伝子変異が病因となっている.このウイルソン病には,同じAtp7b遺伝子に900bpの大きな欠損のあるLong Evans Cinnamon(LEC)ラットがモデル動物として広く知られており,ウイルソン病に関する研究に使用されている.ヒトやLECラットの肝臓や腎臓に蓄積するCuは,メタロチオネイン(MTs)と呼ばれる低分子量金属結合タンパク質に結合して存在していることが明らかとなっている.そこで本研究では,Cuと結合したMTs[Cu(I)-MTs]に確認される黄橙色蛍光に着目し,LECラットの肝組織や腎組織での黄橙色蛍光現象の有無について検討を行った.
  • 方法:LECラットを麻酔下でsacrificeし,冷PBSを用いて全身灌流を行った.臓器を摘出して液体窒素下で凍結し,8µmの凍結薄切片を作成して,冷アセトンとキシレンを用いて脱水し,Entellan new (Sigma-Aldrich)に包埋して検鏡切片とした.蛍光観察と分光解析は,顕微分光光度計(MPM800, Carl Zeiss)を用いて実施した.なお,励起波長は,300±30nmとした.
  • 結果と考察:LECラットの肝臓と腎臓で,黄橙色及び赤橙色の蛍光現象が観察された.顕微分光解析の結果,肝臓の黄橙色蛍光は,600nm領域に蛍光極大を持つブロードなピークとして検出された.一方,腎臓の赤橙色蛍光は,600nmを超えてから鋭敏な立ち上がりを示すピークとして検出された.この様なピーク特性は,Cu(I)-MTs由来の黄橙色蛍光の特性とは明らかに異なることから,そのような特性を有する蛍光物質の検索を実施した.その結果,porphyrinの蛍光特性に類似していることが推測された.しかし,LECラット腎臓中でのporphyrinの異常蓄積が報告されていなかったことから,腎臓中のporphyrin濃度の定量解析を行った.その結果,雄性LECラット腎臓中でのporphyrinの異常蓄積が明らかとなった.しかし,雌性LECラット腎臓中のporphyrin濃度の上昇は数倍と少なく,著しい雌雄差の存在が認められた.そこで再度,切片中の蛍光現象について精査を行ったところ,腎組織切片の赤橙色蛍光の存在には明らかな雌雄差が存在し,雌性LECラット腎臓での赤橙色蛍光は軽微であった.以上の結果から,LECラット肝臓で黄橙色蛍光が観察され,Cu(I)-MTs由来の蛍光であることが同定された.しかし,LECラット腎臓で観察された赤橙色蛍光については,顕微分光解析の結果,Cu(I)-MTs由来ではなくporphyrin由来の蛍光であることが,分光学的に,そして分析学的に明らかとなった.