五十嵐小雪さん(医療福祉学研究科博士後期課程1年、日本学術振興会DC1)、佐藤大輔教授(健康スポーツ学科、スポーツ生理学Lab、運動機能医科学研究所)らの研究論文が国際誌に掲載されました。
耳・皮膚からの感覚情報は、行動を抑制するために欠かせない?-視覚・聴覚・体性感覚による反応抑制機能の比較からー
研究成果のポイント:
研究の背景:
私たちは普段、目や耳、筋肉、皮膚などから多くの感覚情報を受け取っています.日常生活やスポーツ活動において、感覚情報をもとに素早く反応すること(反応実行)はもちろんのこと、その情報をもとに行動を『遅らせたり』『抑制したり』すること(反応抑制)も、欠かせない能力です.反応抑制には、次に来る感覚情報を予測して、自身の行動を遅らせる能力と、予期しない感覚情報に対して、開始している行動をキャンセルする能力の2つの機能が存在します.例えると、前者は、バスケットボールやサッカーで、相手のフェイントに惑わされないように、フェイントを予測して、相手の動きを判断してから行動することにつながります.後者は、横断歩道を渡ろうとしたが、車が来たためその場に止まるなどの行動に重要です.
これまで、行動を遅らせる/キャンセルする能力は、感覚情報の種類によって異なり、目からの情報よりも耳から情報を受け取るほうが、優れているとされてきました.しかし、これらの結果には、以下の3つの問題がありました(図1).
図1.これまでの研究に用いた課題における問題点
そのため、本当に、感覚情報の種類が、行動を遅らせる能力と行動をキャンセルする能力を変化させるかに関する議論が続いていました.すなわち、「どの感覚情報が、どの能力に、どんな影響を及ぼすのか?」「どの感覚情報を受け取っても、同じように機能するのか?」ということを調べる必要がありました.
そこで、私たちは、上記に示した3つのことが影響しないよう、行動を開始する刺激とキャンセルする刺激を同じ種類の感覚情報を用いた課題を作成し、感覚情報の種類ごとの反応抑制の違いを明らかにすることを目的として実験を行いました.作成した課題では、目・耳・皮膚からの感覚情報(視覚・聴覚・体性感覚)を用いています.
研究内容と成果:
本研究では、反応抑制を測定するため、視覚・聴覚・体性感覚刺激を用いたストップシグナル課題と選択反応課題を行いました.
ストップシグナル課題は、Go試行とStop試行で構成されています.Go試行では、対象者は刺激(Go刺激)に対して素早くキーを押すという反応しなければなりません.一方、Stop試行では、対象者は、Go刺激の後に同じ刺激(Stop刺激)が呈示されたらキーを押すという反応を止めなければなりません(図2).
図2.本研究におけるストップシグナル課題
Stop刺激は25%の確率で呈示され、Stop試行の成績に応じて、呈示のタイミングが速くなったり遅くなったり変化します.選択反応課題は、ストップシグナル課題のGo試行のみ行われます(図3).
図3.選択反応課題
行動を遅らせる能力は、ストップシグナル課題のGo試行での平均反応時間から選択反応課題での平均反応時間を引き算した値(PIT)を評価しました.PITは、時間が長いほど、Stop刺激が出てくるかもしれないと予測をして、行動を遅らせていることを示します.開始している行動をキャンセルする能力は、ストップシグナル課題において、n番目の反応時間(図4)からStop刺激がGo刺激から呈示されるまでの平均時間を引き算したストップシグナル反応時間(SSRT)を算出して評価しました.
図4.n番目の反応時間の求め方
SSRTは、時間が短いほど、突然の刺激にも素早く反応して行動をキャンセルできることを示します.
その結果、聴覚と体性感覚では、視覚よりもPITが長く、刺激が来るかもしれないと予測して行動を遅らせていることが分かりました.また、聴覚と体性感覚では、ターゲットに対してどのくらい注意が向いているかを表す神経活動が小さいことも分かりました.したがって、これら2つの感覚で、刺激を予測して行動を遅らせることができていた背景には、“素早く反応する”ことに注意が向きにくくなっていることが関係していると考えられます.一方、SSRTは、3つの感覚で比較をしても違いはなく、行動をキャンセルする能力は、どの感覚情報をもとにしても同じように機能することが分かりました(図5).
図5.感覚の種類による反応抑制の違い
これらの結果から、感覚の種類は、次に来る感覚情報を予測して行動を遅らせる能力に影響しますが、突然の感覚情報に対して行動をキャンセルする能力には、影響しないことが明らかとなりました.
今後の展開:
本研究では、行動を遅らせる能力は、感覚の種類によって違いがあり、行動をキャンセルする能力は、どの感覚でも同じでした.しかし、「なぜ、感覚の種類によって違うのか?」を調べることはできていません.これまでの研究で、反応抑制に関連する神経活動には、全ての感覚で共通する部分と特異的な部分が存在することが分かっており、本研究においても、感覚の種類ごとに異なる神経活動や全ての感覚で同じ神経活動が見られる可能性が考えられます.また、反応抑制には、行動を遅らせる能力とキャンセルする能力に加え、行動を保持する能力も含まれています.今後は、この3つの機能の感覚の種類による違いや、それらに関連する神経活動の特徴を調べ、感覚の種類がどのような影響を及ぼしているかをより明らかにしていきます.
さらに、反応抑制の中でも、行動をキャンセルする能力は、月経周期によって変化します.しかし、「なぜか?」については分かっていません.この能力には、脳の表面に位置する領域と脳深部に位置する領域間の神経連絡(大脳皮質-基底核ループ)が深く関係することが分かっています.この神経の繋がりとの関係性を調べることが可能となれば、月経周期による変化を明らかにすることができ、且つ、技能定着のしやすさが月経周期で変動する原因の解明にも繋がります.そのため、私たちの研究グループでは、大脳皮質-基底核ループを評価できる手法を新たに確立することを目指し、研究を進めていきます.
掲載論文:
Koyuki Ikarashi, Daisuke Sato, Tomomi Fujimoto, Mutsuaki Edama, Yasuhiro Baba, Koya Yamashiro. Response inhibitory control varies with different sensory modalities. Cerebral Cortex. doi.org/10.1093/cercor/bhab207