佐々木亮樹さん(The University of Adelaide所属、大学院博士後期課程2018年度修了)、大西秀明教授(理学療法学科,神経生理Lab,運動機能医科学研究所)らの研究論文が国際誌に掲載されました!
脳由来神経栄養因子の遺伝子タイプは、一次運動野における興奮性と抑制性サイクルに影響を及ぼす
研究内容の概要:
脳由来神経栄養因子(Brain-derived neurotrophic factor, BDNF)は、神経細胞の成長や維持を促す蛋白質の一種です。BDNFを産生する役割を持つ遺伝子が存在しますが、それは3つのタイプに分けられます。最も一般的なのがVal/Valタイプです。また、BDNF遺伝子の変異型であるVal/MetとMet/Metタイプが存在します。近年の先行研究では、Metを含む変異型は、認知機能、精神機能、脳卒中後の運動機能回復などに影響を与えることが報告されております。本研究では、運動を司る領域である一次運動野に着目し、BDNF遺伝子タイプに依存してその脳活動に差異があるのか否かを神経生理学的手法によって調査しました。まず初めに、全被験者(n = 58)から血液を採取し、遺伝子解析によって各被験者の遺伝子タイプを特定しました。その後、一次運動野に対して経頭蓋磁器刺激を行い(n = 45)、抑制活動を計測した結果、Val/Valタイプと比較してMetを有する変異型では、その抑制活動が有意に高いことが明らかになりました(p < 0.05)。また、magnetic resonance spectroscopyを使用して、一次運動野の興奮性の神経代謝性物質の集積量も計測しました(n = 30)。その結果、興奮性の神経伝達物質を含むGlx(Gln+Glu)濃度がMetを有する変異型では有意に低下していることが示されました(p < 0.05)。以上より、BDNF遺伝子タイプの多型は、一次運動野における興奮性・抑制性の両方の神経活動に影響を及ぼすことが示されました。
本研究成果は、国際誌『Brain Sciences』に掲載予定です。
研究者からのコメント:
BDNF遺伝子の多型は、認知機能や運動機能に影響を及ぼすことが明らかになっております。一方で、行動学的な評価は数多く行われてきましたが、その基本的な脳内メカニズムを調査した研究は少ないのが現状でした。本研究では、運動を行う中枢である一次運動野の神経活動に着目しました。その結果、脳活動に重要な興奮性および抑制性サイクルに影響を及ぼしている可能性が示唆されました。このことから、BDNF遺伝子型に依存した運動機能の違いには、一次運動野における神経活動の変化が起因しているかもしれません。
本研究成果のポイント:
① 健常成人58名を対象に血液を採取し、遺伝子解析によってVal/Val、Val/Met、Met/Metの3タイプに分類しました。その後、経頭蓋磁器刺激による抑制活動の測定及びMagnetic resonance spectroscopyによる興奮性の神経代謝性物質の集積量の測定を行いました。
図1. 実験プロトコール
② Short-latency afferent inhibition(SAI)と呼ばれるGABAを介した抑制活動が、Metタイプで有意に高いことが示されました。
図2. 経頭蓋磁器刺激によって得られた抑制活動
③ 左一次運動野からGlx (Gln+Glu)の集積量を測定しました。
④ BDNF遺伝子タイプで分類し、左一次運動野(L-M1)、左一次体性感覚野(L-S1)、右小脳半球(R-Cer)のそれぞれでGlx集積量を測定しております。その結果、Metタイプでは左一次運動野におけるGlx集積量が有意に低下しております。
図4. Magnetic resonance spectroscopyで計測されたGlx濃度
原著論文情報:
Ryoki Sasaki, Naofumi Otsuru, Shota Miyaguchi, Sho Kojima, Hiraku Watanabe, Ken Ohno, Noriko Sakurai, Naoki Kodama, Daisuke Sato, Hideaki Onishi. Influence of brain-derived neurotrophic factor genotype on short-latency afferent inhibition and motor cortex metabolites. Brain Sci. 2021, 11, x. https://doi.org/10.3390/xxxxx