運動学習課題前の他動運動介入が皮質脊髄路の興奮性および運動学習能力に与える影響

Pham Van Manhさん(医療福祉学専攻,医療福祉学研究科,博士後期課程3年生)と宮口翔太助教(理学療法学科,運動機能医科学研究所)の研究論文が,国際誌『Frontiers in Human Neuroscience』に受理されました!

 

運動学習課題前の他動運動介入が皮質脊髄路の興奮性および運動学習能力に与える影響

 

 

 

研究内容の概要:

大脳皮質の興奮性が低下している期間に,興奮性をもとに戻そうとする機構が働くことによって, 外部からの刺激による興奮性増大が生じやすい状態になっている.このような現象を“ Homeostatic plasticity ”という.近年,この現象を利用して運動学習を促進させるための介入方 法が検討されているが,未だ最適な介入方法は不明である.本研究では,運動学習課題前に一次運動野(primary motor cortex; M1)の興奮性を持続的かつ安定して低下させる効果を持つ反復 的な他動運動を介入することによって,その後の運動学習がより促進されるかどうかを検討した.さらに運動学習のバラツキに関与するとされている脳由来神経栄養因子 (Brain-Derived Neurotrophic Factor: BDNF)との関連性についても検討した.本研究には,40 名の健康な被験者 (Val / Val 型;17名, Met carrier型;23名)が参加した.各被験者は,右示指内外転の他動運動 を 5 Hz の頻度で 10 分間介入した後に運動学習課題を遂行する条件(他動運動条件)と他動運 動を介入せずに運動学習課題を遂行する条件(Control条件)に20名ずつ振り分けられた.運動学習課題には右示指の視覚追従課題を用いた.その結果, 他動運動条件では,他動運動介入後に皮質脊髄路の興奮性が一過性に低下したものの,運動練習後には Control 条件と同程度まで増 大した.また他動運動介入直後の運動学習能力は低下するものの,最終的には Control 条件と同程度まで運動成績が向上した.さらにVal/Val型では,他動運動条件による皮質脊髄路興奮性の 変化が大きい人ほど運動学習が高まる関係性が認められた.本研究により,運動学習課題遂行 前の他動運動介入は,M1 の興奮性変化や運動学習能力に影響を与えないものの,Val/Val 遺伝 子多型においては, 他動運動介入と運動練習によるM1の興奮性変化が大きい人ほど,運動学習能力が向上することが明らかになった.またこれには M1で生じる Homeostatic plasticity 様の可塑的な変化が関与している可能性が示唆された.

本研究成果は、国際誌『Frontiers in Human Neuroscience』に掲載予定です.

 

院生のPham Van Manhさんからのコメント:

この度、本学博士課程で取り組んできた研究成果がFrontiers in Human Neuroscience誌に掲載され、大変嬉しく思っております。研究を進める過程で、多くの有益な知識をご指導・ご鞭撻頂いた大西教授に深く感謝いたします。また宮口先生をはじめとする神経生理Labの先生方の熱心なサポートと貴重なアドバイスにも感謝しております。最後に、研究を進める上でたくさんのサポートをしてくれた大学院の友人たちに感謝します。

 

宮口先生からのコメント:

本研究は,運動学習前に反復的な他動運動を介入することで運動学習効率が変化するかどうかを検証した内容となります.本研究により運動学習前の反復的な他動運動の効果は,被験者の脳由来神経栄養因子の多型の影響を受けることが明らかになりました.今後も運動学習前のプレコンディショニングとして有効となる介入手法を検討し,より効率的な運動学習プログラムの考案につなげたいと考えています.

 

本研究のポイント:

本研究には, 40名の被験者が参加した.各被験者は,右示指内外転の他動運動 を 5 Hz の頻度で 10 分間介入した後に運動学習課題を遂行する条件(他動運動条件)と他動運動を介入せずに運動学習課題を遂行する条件(Control条件)に20名ずつ振り分けられた.運動学習課題には右示指の視覚追従課題を用いた.

 

他動運動条件では,他動運動介入後 に皮質脊髄路の興奮性が一過性に低下したものの,運動練習後には Control 条件と同程度まで増大した.また他動運動介入直後の運動学習能力は低下するものの,最終的には Control 条件と同程度まで運動成績が向上した.

RPM Conditionでの Val / Val 型のみ, 運動練習前後の MEP 変化と運動学習率の有意な相関関係が認められた(r = 0.706; P = 0.019). これらの結果は,RPM conditionのVal/Val 型では,運動練習によってエラー が低下した人ほど皮質脊髄路の興奮性が増大したことを示している.

RPM condition での Val / Val 型のみ,運動練習後の MEP 変化と運動学習率の間に有意な相関関係が認められた(r = 0.735; P = 0.043).これらの結果は,RPM conditionのVal/Val 型では,運動練習によってエラー が低下した人ほど皮質脊髄路の興奮性が増大したことを示している.

RPM Conditionでの Val / Val型のみ, Homeostatic plasticityと運動学習能力の有意 な相関関係が認められた(r = 0.579; P = 0.013).これらの結果は, Val/Val型の被験者では,RPM conditionにおいてHomeostatic plasticity 様の可塑的な変化が生じた人ほど運動学習率が高まったことを示唆している.

原著論文情報

Manh Van Pham, Shota Miyaguchi, Hiraku Watanabe, Kei Saito, Naofumi Otsuru, Hideaki Onishi. Effect of repetitive passive movement before motor skill training on corticospinal excitability and motor learning depend on BDNF polymorphisms. Frontiers in Human Neuroscience (2021).